前回に引き続きベトナムを旅するたびびくん。
今回は常夏の美しいビーチダナンで、どんな体験をしながらお悩みを解決するのでしょうか?
ご主人も一役買うようですよ。
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目次
たびび君、驚いて叫ぶ
「ここどこーー!?」
何故かいつものペットホテルではなく、白い砂浜に波音が響く、綺麗なビーチが目の前に広がる。
右を見ても白いビーチ。左を見ても白いビーチ。前を見たら綺麗な水平線で、後ろを見たら道路沿い。さんさんと輝く太陽と入道雲を見て、僕はあんぐりと口を開けた。
慌てて夢ではないのかと、何度も顔を洗う。
でも、何度こすっても目の前の綺麗な海岸はなくならない。
ちらほら並ぶヤシの木も、その下の三角お屋根のパラソルも、寝転べるチェアーも絶対日本にないものである。
僕の横を水着を着たお姉さんが楽しそうに通り過ぎたのを見て、僕は半透明の体で途方にくれて鳴いてしまった。
「ごしゅじーん! クロー! どこだよーう!」
「さっきからウルサイわねぇ!」
「ひゃぁ!」
突然イライラした感じの声に怒られてしまって、僕は慌てて辺りを見渡す。
あれ? でもさっき見渡した時に誰も居なかったぞ?
不思議に思って探していると、また声がした。
それも近くから!
「あなた! ワザトやってるの? ココよ、ココ!」
「ここって……ええー!? 地面が喋った!?」
「ナンですってー!?」
僕が声の方を見ると、白い砂に同化するかの様に一匹の雌猫が居た。
毛足が長くて、真っ白な毛には砂がきらきらと輝きながら付いている。金色の目がピカリと光って僕を怒った様に見ていた。
手足が短くて体が長いので、まるでご主人の家のモップが喋っているみたいだ。
「コラ! マチなさい!」
「待ったら引っ掛かれるからやだよう!」
雌猫が噛み付かんばかりに追い掛けて来るので慌てて逃げ出していると、途中から「ぜぇ、はぁ……」としんどそうな声が聞こえてくる。
振り向けば、しんどそうに呼吸しながらヤシの木の下でばててしまっていた。
僕は心配になって彼女の方へと恐る恐る近付いた。
「だ、大丈夫かい? しんどそうだね……」
「ダレのセイよ。ダレの」
「うん? ごめんね?」
ジロリと下から金色の目で睨み上げて来るので思わず謝ってしまっていると、彼女が暑そうに舌を出した。
長い舌が上下する。
「ウウ、それもこれも、この長い毛のセイよ! 暑いったらありゃしないワ!」
「確かに、このビーチと太陽の下だと、暑いだろうねぇ」
「デショう!?」
僕が思わず同意すると、彼女はさも意を得たり!と言わんばかりに立ち上がった。
パラパラと白い砂が毛から落ちる。
「ナニよ。話せばワカルじゃない! 私の名前はクック。あなたは?」
「僕は旅猫のたびびさ! クック、実は聞きたいことがあるんだ。此処は一体どこなんだい?」
「あなた、そんなコトも知らないノ?」
クックは僕がまるで子供だと言わんばかりに呆れた顔で肩を竦めた後、胸を張ってこう言った。
「ココはベトナムのダナン! 中でもミーケビーチは誰モガ訪れたくなる最高の場所ナンだから!」
「えええ、ベトナムーー!!?」
胸を張るクックを前に、僕はまだベトナムに居るという驚愕事実で思わずひっくり返って砂まみれになってしまうのだった。
たびび君、マリンスポーツを観察する
僕がお悩み解決の代わりにクックの体を借りれることになると、お礼がてらクックが少しの間ミーケビーチの案内をしてくれることになった。
クックがサラサラと砂音を立てながら砂浜の上を歩く。
「たびびはニンゲンの主人を探してるのよネ」
「そうだよ」
「ジャア、ニンゲンがいっぱい集まってる遊び場にいきマショウか」
「クックは賢いね!」
僕が褒めると、クックは嬉しそうに毛を膨らませた。
「トウゼンよ! ジャア、まずはあそこネ!」
「あそこ?」
僕がクックの視線の先を見ると、何人もの人間が海の上で葉っぱみたいな板の上に立っている。
「アレは SUP《サップ》って言うのヨ」
「SUP?]
「エーット、たしかスタンドアップ・パドル・サーフィンとか、呪文を言ってたワ。ああやって浮く力の強い板に乗ってから、棒きれで漕いで遊ぶみたいヨ」
「人間は変な遊びが好きだなぁ」
「童心に帰りたいのカモしれないわ」
僕たちが海の上に落っこちたりして楽しそうに遊ぶ人間を生温かく眺めていると、次にクックはその隣を指差した。
「あのパラセーリングとやらも人気ネ」
「ええっ! 人間が空を飛んでる!!」
「ヨク見て。糸が伸びてるでしょう? ボートに繋がれて、パラシュートを引っ張って貰って遊ぶのヨ」
「凄い!」
僕が興奮していると、何故かクックは小さく不敵な笑みを浮かべた。
「五分も経たずに降りてくるワ。ニンゲンは飛べないからこそ空に憧れ過ぎるのネ」
「なるほど。ああやって海も空も満喫しようとするのは人間らしい遊びだね」
僕が納得していると、クックが僕の方を向いて鼻を動かした。
「ちょうど良かったワ。三月から海開きだけド、八月からは雨季で突然の大雨《スコール》が大変なノ。たびびはちょうどいい時に来たわネ」
「天気が悪いと遊ぶどころじゃなくなるもんね」
人間達は他にもジェットスキーやら、ウインドサーフィンとやらを満喫していて忙しい。
ご主人はいないかなぁと辺りを見回していると、クックがそろそろ日本に行きたいと声を上げた。
「たびび、アトはよろしくネ」
「任せてよクック!」
半透明になったクックは、暑さやら重さやらから解放されて、跳び跳ねて喜んでいる。クックの体に入った僕は、逆にもうバテてしまいそうだ。
ひゅーんとワクワクした顔で飛んでいったクックを見送ってから、僕は改めて自分の体を見下ろした。
フワフワと長い白色の毛がなびく。
「うーん。何処かで切って貰えないかなぁ」
ひとまず、暑かったのでヤシの木の下に避難するのだった。
たびび君、ご主人に出会う
「さて、クックのお悩みも気になるし、ご主人探しも気になるし」
とはいえ、ご主人はホーチミンか、日本に居るに違いない。
寂しくなってしまい僕がぺったりと砂浜にお腹を付けて休憩していると、突然聞き慣れた声がした。
「おや。こりゃ珍しい。砂浜にも長毛の猫が居るんだなぁ」
ご、ごしゅじーん!!?
僕が慌てて飛び起きると、何と僕を見ていたのはご主人だった。
すっかり日に焼けて、何故かアロハシャツを着ている。
麦わら帽子の下は、真っ黒だけどいつもの優しそうな顔なので、僕はすっかり泣きそうになって飛び付いた。
ご主人!! 会いたかったようーー!! なんでダナンに居るのー!?
「人懐っこい猫だなぁ。おお、砂まみれだ」
くすぐったいよご主人!
毛並みが気に入ったのか、わしゃわしゃと撫でられる。
僕は身を捩って逃げようとするのだが、ご主人が問答無用で擽ってくるのですぐにバテてしまった。
はぁ、はぁ。暑いのに酷いよう
ぐったりしていると、気付いたご主人が申し訳なさそうにお腹を撫でる。
「バテちゃったか。すまんすまん。うーん、こんなに毛が長いとしんどいだろう。毛先も汚れているし、野良猫かな?」
「にゃー」
その通りだと必死にアピールすると、僕とご主人の絆なのか、こっくり頷くご主人。
「さっきたびびに買ったお土産があるから、それを使おうか。なぁに、怖くないからこっちおいでぇ」
ご主人が態とらしい程の猫撫で声で僕を手招きする。
ご主人! それ僕以外だったら絶対逃げてるからね!!!
つい文句を言いつつも、ご主人の僕へのお土産が気になっていそいそと近付いた。
「よぅし、いい子だ。こんなに人懐っこいなら、たびびのお嫁さんに欲しいくらいだなぁ」
ご主人! 僕、自分と結婚なんてしたくないよ!!
思わずジタバタしていると、あっという間に押さえつけられて、ハサミでしゃくしゃくと毛を切られていた。
白い砂浜にクックの毛が落ちていく。
「このまま暴れちゃ駄目だぞ。汚れた毛先だけでも梳いたら楽になるだろう」
実際に軽くなっているので、僕は喜んでしまう。まさかご主人も僕がクックの体の中に居て散髪してもらってるとは思うまい。猫好き過ぎていつも木製の猫用ハサミやら爪切りまで持ち歩いてるのは凄いと思う。ちなみにお土産はクシだった。
絡まっていた毛玉までブラッシングで軽くしてもらったので、僕は途端に元気になる。
さっきよりも断然風が当たって涼しいしね! ご主人ありがとう!!
僕が喜んでいると、ご主人が立ちあがった。
僕も慌ててその後を追う。
「こりゃ懐かれたかなぁ。まぁいいか。ご飯もいるかい?」
「にゃー!」
相変わらず猫に甘いご主人に、僕は猫撫で声でご相伴にあずかろうと試みるのだった。
たびび君、ご馳走を逃す
歩いていると、緑色の人型大ペンギンの口へ何故かおじさんがゴミを入れている。
ええっ、オジサン、何でそんなことをするんだい!
驚いていると、何故かご主人までペットボトルを緑ペンギンの口へ入れていた。
「ミーケビーチは清掃員まで雇ってて清潔感あるなぁ。このゴミ箱も粋だし写真を撮っておこう」
機嫌良く愛用のカメラで写真を撮っているので、僕はゴミ箱ペンギンを驚いて見上げてしまった。どうやらこのペンギンは陸の上でゴミ箱として働いているらしい。
ご主人の後をその後もついて行くと、一軒のお店の前で立ち止まった。
「ここにしようかな。ぶっかけご飯屋かぁ」
ぶっかけご飯! 僕好きだよ!!
ツナぶっかけも、サンマぶっかけも僕の大好物である。舌なめずりしてご主人の後を意気揚々と追う。
人がいっぱいのお店の中では、長机の上に 30 種類くらいの山盛りのおかずがいっぱい乗ってあった。キムチっぽいものや、肉と絡めたもの、もやし炒めや、白菜の漬物! お皿の上に白ご飯だけ渡されたご主人は、真剣な顔でおかずたちを吟味している。
好きなおかずを指差すと、店員のおばさんが笑顔でごはんの上に選んだおかずをぶっかけていた。
「これで 100 円だもんなぁ。物価の差を感じるよ」
早く食べたいといった顔でお皿を眺めるご主人。予想していた魚ぶっかけは無かったけれど、つられて僕も欲しいと鳴いていると、おばさんに見つかってしまった。
「ココは猫ダメね。外にお行き」
「にゃぁー」
ご主人が止めようとしてくれたけれど、首根っこを掴まれて外に出されてしまう。
うろうろとお店の周りに居たらおばさんに睨まれてしまったので、伸びて来る手から逃げて僕は走り出すしかなかったのだった。
たびび君、冷たいものを見付ける
「うう。お腹も空いたし動けないよう」
クックと居た元のミーケビーチまで戻っていると、日が沈んで夜も近くなっていた。
夕日はビーチからだと真逆にあって見えないみたいだけど、漏れるオレンジ色の光が水平線を這う様子は美しい。
僕がぼんやりと見惚れてしまっていると、カランコロンと心地よい音が聞こえた。
何だろうとそちらまで行くと、なんと人間が観光客へビールを売っているお店である。
先程の音は、コップに氷を入れている音であった。
「なんだぁ。物欲しそうな顔した猫だなぁ?」
「にゃぁー」
喉が渇いていたので甘えていると、オジサンが氷を分けてくれる。
ぺろぺろと舐めていると、体も冷えて心地よくなった。
これはいいぞ。クックにも教えてあげよう!
僕が氷を舐めていると、僕に釣られたお客さんがお店の前にやって来る。
オジサンは更に機嫌良くなって、僕にこっそりお魚もくれた。
どうやら僕を看板招き猫にしたいみたいだ。
その日は、ご主人を探しにあのおばさんが居た店までまた行ったけど、結局会うことは出来なかった。
がっかりするけれど、この広い世界で会えたことが奇跡に違いない。
翌朝、クックを迎えた僕は盛大にクックに感謝された。
「たびびアリガトウ! 体もサッパリしてるし、氷を舐めてたら暑いのも楽になるわネ!」
「それは良かったよクック! 日本はどうだった?」
「温度が快適でビックリしたわ! でも、部屋が狭いのはナンテンね!」
クックが気持ちよさそうに両手を前に伸ばして背伸びする。
どうやら青空の下の野外生活の方が楽しいらしい。
「またねクック! 元気でね!」
「たびびモ! コンドは一緒に遊びましょうネ!」
手を振り合うと、僕の体がふわりと浮いて、日本の方へとひゅーんと引っ張られる。
そうして目を覚ますと、クロが不気味そうに僕から離れていた。
僕にとっては折角の感動の再会なのに残念な話である。
クロへ向けて、僕は不満半分、不思議半分の顔で首を傾げた。
「ねぇクロ。何でそんなに離れてるんだい?」
「もう変な演技はやめたのか? そりゃあいきなり女言葉でカタコトに喋り出したら、びびるってもんだぜ」
「えーっと、うん。もう演技はやらないよ」
どうやらクックが元気よくペットホテルを満喫していたらしい。
僕が目を泳がしながら「もうやらない」と言うと、大雑把で面倒臭がりなクロは水に流すことに決めたようだ。
「まぁ。突然寝まくったりするたびびだもんな。女言葉くらいどうってことないぜ」
「ありがたいのか、困るべきか悩みどころだなぁ」
お互い肩を竦めあっていると、僕を呼ぶお姉さんの声がする。
その向こうから僕のご主人の声が聞こえて、僕は一目散にご主人の下へと走り出した。
どうやらちょっと不思議なベトナム旅も、これにてようやく終わったらしい
たびび君、ダナンに行く。おしまい