今回は韓国・ソウルでパクのお悩みを解決です。ダンスダンス!
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目次
たびび君、お化けになる?
「たびび、じゃあ行ってくるよ。韓国土産を楽しみにしていてくれ」
そう言ってご主人はいつもの様に僕の頭をひと撫ですると、僕をお姉さんへと引き渡した。お姉さんは手馴れたもので、僕を抱っこするとそのままケージの中に入れてしまう。隣からは「お、また会ったな」と声を掛けて来る黒猫のクロが居るけど、僕はご主人へ抗議するのに忙しい。
ご主人! 大人しくするから僕も連れて行ってよ!
爪で僕を遮る縞々の穴を引っ掻くも、いつも通り傷一つ付けられない。仕方なく全身で鳴いて訴えるも、ご主人は既に旅行先のことでも考えているのか心此処に在らずである。僕は益々不貞腐れて尻尾を揺らした。
「空港に近い位置にペットホテルがあっていつも助かってます。また明日来ますんで」
「いえいえ、よい旅を」
腕を曲げてチラリと何かを確認したご主人は、僕ではなく地面を走る四角い鞄を引っ張って颯爽と行ってしまった。
また置いてかれたことに思わず肩を落としてしまう。
お姉さんが喉を撫でてくれたり、僕のクリーム色の毛並みをブラッシングしてくれたり、美味しいご飯や寝床を整えて至れり尽くせりだけれど、やっぱり溜め息は抑えられない。
「よおたびび、何でそんなに溜め息吐いてんだよ」
「やあクロ、そりゃ僕だってご主人に着いてって海外に行ってみたいからさ」
そういうとクロはまるで変なことを聞いたと言いたげにゲラゲラ喉を鳴らして笑った。
「可笑しな奴だなぁ。構ってくる人間も居なくて楽じゃないか。それにわざわざ海外なんかに行く必要があるかよ」
「それは間違いさクロ。だってご主人はとっても優しくて、ご主人の話す外の国の話は凄いんだから。前に聞いた場所だと、人間さえも浮かぶ真っ黒い水溜まりがあるそうだよ」
「そんないいもんかねぇ」
それっきりクロは自分の昼ご飯に夢中になってしまったので、僕もその場でくるりと背中を丸めて尻尾で目元を覆った。
ご主人に会いたいなぁ……
耳を伏せてしょんぼりと眠りの世界に飛び込む。
いや、飛び込もうとした時、ふわりと、まるでご主人に地面から抱っこされた時みたいに自分の身体が浮いた心地がした。
慌ててきょろきょろと辺りを見回したら、何故か自分が丸くなって寝ている姿が少し下に見える。その横でクロは呑気に口元を掃除している。気付けば僕はぷかぷかとお化けの様にその場に漂っていた。
どうしよう! 僕は寂しさのあまり死んじゃったんだろうか!
思わず嘆いてしまった瞬間、死んでる筈の僕の身体がクシュンとくしゃみする。
あれ? 僕は生きてる?
慌てて泳ぐみたいに僕の身体に近付くと、ちゃんと背中が上下して気持ちよさそうに寝ている。ほっとした瞬間、これまた突然まるで思いっきり尻尾を引っ張られるみたいに、僕は何処かへひゅーんと飛ばされていた。
思わず悲鳴を上げて目を瞑る。
引っ張りの感覚が無くなったので、やっとこ恐る恐る目を開けてから僕は開いた口が閉まらなくなってしまった。
「ここ、何処だろう…」
気付けば、僕は見知らぬ場所の路地裏の地面にぽいっと放り出されていた。
目まぐるしい状況の変化に目を回していたその時、聞き慣れた声が通りの向こうから聞こえた。
ご主人!!
急いで路地裏を走るけれども、通りに出てもご主人らしき姿は何処にも見えない。それどころか、僕の身体は誰にも見えていないようで、蹴られるかと思ったら人間の身体さえすり抜けてしまった。
途方に暮れてまた路地裏に戻っていると、奥の方で声がする。
建物の影に隠れて様子を伺うと、白グレイ色で大きなトラ柄の雄猫が、変な鼻歌を歌いながら変な踊りを踊っているところだった。
たびび君、お悩み相談を受ける
「オマママイ、オママ……、うーん? 何が駄目なんだ?」
雄猫は同じヘンテコな言葉を繰り返しながら足を踏み鳴らしてお尻を振るが、どうにもリズムが合ってない。しまいには右手と右足を一緒に上げるものだから、バランスを崩して左側にコロンと転がってしまった。
「一体何の踊りだろう。もっと尻尾でリズムを取ればいいのになぁ」
「誰だ!?」
「えっ!? 僕が見えるの?」
「何を言ってるんだ?」
てっきり見えないものだと思っていたので、僕は驚いてその場で跳びはねてしまう。そうすると、ヘンテコな踊りを見られて恥ずかしかったのか、真っ赤な顔をした雄猫に壁際に追い詰められてしまった。その頃にはすっかり飛んでいた感覚も無くなっていたので、僕は困ってしまう。
ああ、どうしよう。また飛んで逃げられたらいいのに
「お前見たな?」
「見てないよう変な踊りなんて」
「見てるじゃねえか!」
鋭い爪の猫パンチが降ってくるので慌てて両手で頭を庇うと、スカッと猫パンチが身体を通り抜ける。雄猫は驚いて毛を逆立てながら後ろに跳びはねた。
「お前お化けか!?」
「えっと、みたいなもんかな…? 僕って何だろう?」
「何だそりゃ」
僕の答えに拍子抜けしてしまったのか、確かめるみたいに何度か軽い猫パンチが繰り返される。自分の身体から手がにょきにょき生えているのは居心地悪かったけど大人しくしていたら、首を傾げながら雄猫は一つ頷いた。
「見慣れねぇ顔だし変な奴だが…、まぁいいか。害がねぇならいいや」
「楽観的だなぁ」
「それよりもさっきのこと絶対他の奴に言うんじゃねぇぞ」
「君の変な踊りのことかい?」
「君って何だ気色悪ぃ。俺はパクっていう格好いい名前があるんだ。それに変じゃねぇ! ケーポップの音楽に乗って踊ってただろうが!」
僕には猫パンチが当たらないのでパクは怒った様にその場でウロウロしていたが、僕が怖がって行儀よく座っていると肩を落としてしまった。
「そんなに変だったか?」
「そりゃもう。魚の雨でも降らす儀式なのかと思ってたよ」
「そうか…。はぁ、実は俺の主人がケーポップ好きでよく音楽を鳴らすんだが、俺はどうにも踊れやしねぇ。一体何が悪いのか全く分かんねぇんだ」
憂鬱そうに肩を落とす様子は、まるで一回り小さくなってしまった様である。その姿が此処に飛ばされる前のご主人を想う僕と似ていたので、僕は思わず声を掛けてしまった。
「そりゃパク、尻尾で全然リズムが取れてなかったからさ。まるであれじゃあイカの足よりも酷い骨の無さだよ」
「何だって!? じゃあそれが出来れば俺は踊れるってのか!?」
卵の黄身みたいな色の目が血走って近付くものだから、僕は思わず何度も頷いてしまった。するとパクは機嫌良く喉を鳴らして気合を入れるみたいに自分の尻尾をピシりとひとたたきした。
「そうかそうか。じゃあ是非教えてくれよ。お礼はちゃんとするぜ」
「僕、実は日本から来ててご主人を探してるんだ。でもまずは今日の寝床かなぁ」
「日本からだって!? そりゃ凄ぇな。まぁ人探しなら聞いといてやるよ。寝床なら簡単だ。俺の家に案内するぜ。なぁ、お前名前は何て言うんだ?」
「僕? たびびさ! よろしくね」
任せとけと悠々と路地裏を歩くパクに連れられ、僕は改めて路地裏から表通りへと歩み出したのだった。
たびび君、韓国・ソウルを回る
「うっわぁすごい!! ねぇ、パク、ここは何ていう所なんだい?」
「何だたびび、分かんねぇか? 此処は韓国の都、ソウルの中にある北村韓屋村って人間が言ってるところだぜ! 俺の主人は此処の店に住んでんだ」
ふふんとそう言ってパクはピンと髭を揺らした。ご主人が言ってた国をすっかり忘れていた僕は、最初は韓国と聞いてとても驚いた。でも僕は次第に韓国の魅力にすっかり魅了されてしまったんだ。
木じゃないけど何だかレンガとかで出来た歴史を感じるお家が通りにたくさん並んでいる。白色の大きな壁には、ラーメン屋さんの器みたいな渦巻きが赤色でずっと続いてるんだ。坂道がとっても多くて急なんだけど、頑張って登って後ろを振り向いたらさ、凄いんだ。
真っ直ぐの通りのその先まで綺麗な赤レンガ色がずっと伸びて、その先の霞には背の高いビルがいっぱい伸びてあったんだよ。
思わず息を呑んで家の庭から伸びる松の木の陰で休んでいると、パクが隣の方で人間に頭を撫でられていた。
見るとそこには僕と同じクリーム色のスカートと、白色のレース服を纏った女の人がいる。でも、何だか日本でよく見る人と少し違う。
スカートは足首まで隠してある長いやつで、蔦模様が編まれてあるんだけど、しぼまずに何だか膨らんだ形のままなんだ。何でこんなふんわりしてるんだろうと手を伸ばしていると、パクが笑いながら教えてくれた。
「たびび、そりゃあチマチョゴリっていうんだぜ。見てみろよ、韓国の伝統衣装だ」
パクに言われて辺りを見回してみると、他にもチマチョゴリを着ている女性がいっぱい居た。ピンクとかオレンジとか、とっても明るい光を弾くみたいな鮮やかな色もあるんだ。それに頭に飾りを付けてたり、長い黒髪を編んでる人もいっぱい居るんだよ。
パクは満足されるまで撫でられた後、もう少しだとてくてく歩いた。
するとパクの家だという韓屋カフェに辿り着く。
「たびび、前から入ると怒られるから裏口から行くぞ」
ちらりと見た入り口は大層お客さんで賑わっている。机の上にはお花をいっぱい浮かべたお茶や、かぼちゃの蒸し餅が並んでて尻尾が引かれる思いだった。美味しそうだなぁ
パクが外から一つの窓枠にひょいっと乗っかったので、僕もその横によじ登る。そして声を潜めて右手で一人の人間を指差した。見れば一人の少年が激しくロボットみたいに踊っている。
「俺の主人だぜ。格好いいだろう! ケーポップに乗って一緒に踊ってやりてぇんだ」
少年が右手を動かすのに合わせてパクも右手を上げる。少年が頭を振るのに合わせてパクも頭を振る。少年がジャンプして片足立ちになったのに合わせて、パクも飛び上がったところで窓枠からドスンと落っこちてしまった。これはどうやら前途多難なようである。
たびび君、精神が入れ替わる?
流れて来るケーポップの音楽に合わせて隠れて練習するのだが、時間が経つにつれてパクの尻尾は段々と足に絡まる程こんがらがってしまった。これでは凧の糸より酷い。
目の前でこうだよと踊ってみるのだが、リズム感というのはどうにも伝えづらい。
「ああ、全然分かんねぇ。どうしたらいいんだろうか」
「困ったなぁ。僕が手取足取り教えてあげれたらいいんだけど」
「ああそうだそれがいい! おいたびび、お前が上手いこと俺の身体を動かしてくれよ」
「ええっ。無理だよだって僕は何も触れないんだよ?」
「やってみるくらいいいじゃねぇか。お化けなら出来るだろ」
僕はお化けじゃないのになぁと思いつつ、強引なパクに何故か思いっきり頭突きされそうになって慌てて目を瞑る。
そんな簡単に行く訳ないじゃないかと思ってたのに、僕はどこかへひゅーんとまた吸い込まれる感覚がして―――気付いた時にはなんと僕はパクになってたんだ! しかもパクはほら見てみたことかと言わんばかりに、半透明になって目の前をふよふよと浮いてるもんだから、僕は腰を抜かすかと思ったよ。
「おいたびび、俺の身体に教えといてくれよ。俺はのんびりしとくからよ」
「我儘だなぁ」
「ほら、お前の主人も探しといてやるから」
「本当かい! 約束だよ」
そう言われると俄然張り切るもので、僕は力が有り余ってるパクの身体と呑気な尻尾と格闘を始める。
「ん? 何か遠くに引っ張られる感覚がするぞ」
「そうなのかい? 僕が韓国に来た時も引っ張られる感じがしたんだ」
「じゃあもしかしたら俺も日本に行けるのかもな。ちょっと行ってみてくるぜ。明日には戻るからよ」
「ええっ!? 僕のご主人はー!?」
叫ぶもパクの姿はどこにもない。何とも足の速いことである。
心細くは思うが必死に悪戦苦闘して何とか尻尾ダンスのコツを掴んでいると、ひょいっと目の前に分厚いお肉が置かれた。
「パク、凄いノリノリで踊れてるじゃないか。これカルビ食わしてやるよ」
見るとパクの主人さんである。
甘辛いタレたっぷりのカルビは頬が落ちそうなほどで、思わずパクに感謝したのだった。
お疲れ様なたびびくん
「よおたびび! ペットホテルって凄いんだな!」
「ご主人を探してくれたかい?」
「おう、そりゃ勿論だぜ」
満足気なパクを思わずじとーっと見ていると、パクが胸を張る。実はちょうどこの近くの民泊に泊まってたそうで、村猫が色々教えてくれたらしい。
僕が目を輝かせていると、同じく期待した様子のパクが目の前に座った。僕達はもう分かったもので、思いっきり額を頭突きし合う。痛くないのは本当に良かった!
最初、元に戻ったパクは目を白黒させてたけど、今日も流れ出したケーポップの音楽に尻尾をピンと立てる。そうして何度か失敗しつつ四回くらい挑戦したら、いつの間にかリズムを取ってバク転まで決められるようになっていた。
「たびび凄いな! ありがとう! これで一緒に踊れるぜ」
「良かったよパク! 僕もご主人を見付けてくれてありがとね!」
お互い触れないながらも尻尾を絡ませ合って挨拶しあう。ご主人の元まで案内してくれるとパクが言うので、勢い込んで行こうとした瞬間、また尻尾を思いっ切り引っ張られる感覚がした。それは竜巻にさらわれちゃう位の勢いで、僕は抵抗出来る筈もない。
「たびび、こっちだぜー……、って、あれ? たびびー?」
ひゅーんと吸い込まれてまた目を開けた時には、いつものペットホテルのケージの中に僕は戻ってしまっていた。
「あれ? パクは? ご主人は?」
「たびび何言ってんだ? 昨日はなんか態度でかかったけど、変なもんでも食ったのか?」
隣でクロが丸まって欠伸しながらそういうので、僕は夢を見ていたのか本当だったのか分からなくなってしまった。
何時間経ったのか分かんない位うーんうーんと頭を抱えていると、聞き慣れた声が聞こえる。
ご主人!!
「たびび、いい子にしてたか?」
大きな手の平で頭を撫でられるので、ご主人に思いっ切り抱き着いて爪で上着を引っ掻く。
僕も韓国行ったんだよご主人!!
「おー、今日は興奮してるなぁ。もしかして分かったのかい? ほら、お土産に高級キャットフードカルビ味買ってきたぞ」
ご主人! カルビはもう食べたよ!!
全身で訴えてみるのだが、ご主人は機嫌良く笑って僕を抱え直すだけだ。
仕方なく諦めて大人しく抱っこされながらお家まで帰る。
ご主人、何かキムチ臭いよう…
そんなこんなで、もう一回韓国に行ってみたいなぁと、キャットフードカルビ味を食べながら思ったたびび君でしたとさ。